中村 昇平 (ナカムラ ショウヘイ)
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1986 年、京都府生まれ。京都大学大学院文学研究科博士後期課程修了、博士(文学)。2024年3月まで「中村」姓を使用。
都市郊外の「ムラ的共同性」から帰属意識のダイナミズムを再考する研究
Kampung Utanの事例研究
インドネシア、ジャカルタ郊外のデポック市にあるカンプン・ウタンという集落を対象として、参与観察とインタビューによる調査を行っている。特に、武術と演劇にみられる身体技法の変化に着目して、集落コミュニティへの帰属意識の生成過程を考察している。互いの身体の動きに場あたり的に呼応し合うことでそれまでになかった一連の動きを即興的に生み出すことが奨励される実践の中では、誰が創造の主体なのかが曖昧なまま、「集落の伝統」に新たな要素(newness)が付与され続ける。この変容過程に巻き込まれることで、参与者の中には集落の伝統を「自分のもの」ととらえる意識が自然と生じる。この過程を考察することで、身体感覚を根拠として集落コミュニティへの帰属意識が生成される過程を説明することが研究の目的である。さらに、この武術が「ブタウィ文化」に共通のフォーマットで繰り返し演じられることに着目して、ブタウィ人(orang Betawi)という民族集団(suku bangsa/etnis)への帰属意識を感覚(sense)の観点から説明することを目標としている。
樫原(かたぎはら)の事例研究
京都市郊外の樫原地域を対象として、参与観察とインタビューによる調査を行っている。もとは洛外の農村で、近世に本陣を中心とした宿場町として栄えた旧山城国葛野郡岡村を母体とする樫原学区では、古民家(町家)のならぶ街並みや里山的な自然環境によって構成される歴史的景観を保全するためのまちづくり活動が行われている。景観保全を目的としたまちづくりは、かならず建築環境や自然環境の大幅な改築・改造を前提として構想されるが、これは近年になって生じた傾向ではない。家屋が建造当初から生活環境に合わせて姿を変え続けていること(便所・風呂と渡り廊下の設置、竈から台所への改造、和室から洋式応接間への改造、緩い傾斜の階段への取り替え、断熱材の敷設など)、また、自然環境が生活の必要に合わせて姿を変え続けてきたこと(川の埋立と街道の敷設、用水路の建設、ため池の造成、はげ山への竹の植林など)を、住民は村の歴史と自身の生活経験から知っており、そのことに意識的である。この研究では、私有財産である家屋や共有財産であるため池の利活用が、学区制度上の住民自治組織(自治会・自治連合会)や行政との関わりの中で公共に開かれていく過程を考察する。この考察をとおして、ムラや地域への帰属意識や愛着が感覚をともなって醸成される過程を明らかにするのが研究の目的である。
今後の研究では、これらの事例研究を軸に以下の論点を考察する
感覚にもとづいた民族意識の理解
村落コミュニティへの帰属意識の重層性
環境保全や伝統継承をめぐる当事者・受益者の範囲
都市空間とその利用主体の範囲
調査者のネイティブ性
グローバル・ノースをモデルとした開発主義的前提によらない都市の理論化
特定の場所での生活経験にもとづいた都市の理論化
支配への従属と自律の余地