角田 奈歩 (ツノダ ナオ)
| ![]() |
大枠では「ファッション」はどのように生まれるのかに関心を持っている。
そしてそもそも「ファッション」とは,もしくはフランス語「モード」とはなんなのかを定義したい。
服飾を巡る「ファッション」は,衣服を作り売る者,衣服を着る者,メディアの三者のうち,歴史的に誰が主導権を握ってきたのか。それを明らかにするため,服飾と商業,わけても小売業との関係を分析している。その中で,ショッピングの娯楽化,工業製品としての衣服,万人がアクセス可能な「ファッション」といった現在は当然となっている服飾や流行を巡る概念・事物がどのように成立したかも考えていきたい。また,なぜパリという一都市が長らく「ファッション」の中心地であり続けられたのかも理解したい。
そのため,現在は主に,19世紀後半における百貨店とオート・クチュールといういわゆる近代的ファッション産業の誕生に至るまでの,18世紀~19世紀前半パリにおける服飾品小売業について研究を進めている。
また,「モード」の起源に関係して,コルベールの重商主義政策とヴェルサイユでの「モード」の扱いに着目し,コルベールが振興した産業のひとつであるレース業についての研究にも着手した。フランスだけでなく,西ヨーロッパ各地のレース手工業・機械工業について情報を収集中である。
なお,フランス史,もしくはヨーロッパ史において,研究者の立ち位置や意識の上で18世紀と19世紀の扱いにやや分断が見られる上に,特に経済史・商業史では19世紀前半が手薄でアンシャン・レジーム期~フランス革命期と19世紀後半以降が断絶する傾向があることから,18世紀と19世紀の連続性を研究上あえて意識し,19世紀前半の状況を重視している。
1. アンシャン・レジーム末期~19世紀半ばのパリの服飾品小売業の実情
特に,18世紀に特異な位置を占めたモード商marchands de modesと,19世紀初頭パリに登場した新物店マガザン・ドゥ・ヌヴォテmagasins de nouveautésについて。彼らの活動と百貨店やオート・クチュール成立までの経緯を明らかにする。
2. 18世紀末~19世紀前半のパリの商業都市としての様相
地区別の業種分布,服飾品小売店が多かったパレ・ロワイヤル,グラン・ブルヴァール,パサージュなどの商業空間としての役割,オスマンの大改造前時点でのパリの変化との関連などを分析し,パリの中での「ファッション」の中心地形成の過程を理解する。
3. 18世紀末~19世紀パリの既製服小売業の展開と,古着業や注文服製造業との関連
仕立服・古着・既製服という軸から,ファッションの伝達構造を捉える。なお,これについては,パリ・オート・クチュールの消費・模倣・情報伝達の場になった1920年代ニューヨークと,既製服製造の工業化が本格的に始まる1960年代ニューヨークの状況も踏まえ,既製服成立とその要素の注文服への導入により生じた衣服の複製可能性とアート性についてもいずれは論じたい。
4. 「モード都市パリ」の形成
上記のようなパリの服飾品製造・小売業者の活動を,コルベール期フランスの産業政策や宮廷の状況を鑑みつつ,「モード都市パリ」が成立していく過程として捉え,パリが世界のファッションの中心地として確立されたのはなぜなのかを考察する。
5. 「奢侈」そして「半奢侈」という概念と,「ファッション」の定義
コルベール期以降,広く見れば現在に至るまで続くフランスの産業の「奢侈」路線と,18世紀以降ヨーロッパに広まり,大衆消費社会形成の土台となっていった「半奢侈」の関係について。また,そういった中で生じていったと思われるパリの「ファッション」を巡る特異性を併せて考えたい。
6. 西ヨーロッパのレース業
コルベール主義の下に推進されたレース業が以降フランスの「モード」とどう関わってきたかを考えるため,西ヨーロッパ全体での手工業によるニードル・レースとボビン・レース,そして種々の工業化以降のレースの展開を辿っている。レース業を経済史に位置付けると共に,レース業においても窺える奢侈と半奢侈の拮抗,もしくは前者から後者への推移についても追いたい。またそこから浮かび上がる,コスト削減・労働集約と商品の価値である「美」を両立させるための技術設計としての「デザイン」についても検討したい。
7. デジタル・ヒストリー
20年来,帳簿や地理情報のデータ化により研究を進めてきたことから,デジタル・ヒストリーの一環としてのデータの公開や,技術の周知,歴史研究における要件定義と協働といった発想転換についての考察なども進めていければと考えている。
8. 実物と現存技術とフィールドから考える歴史研究
レースや絹織物などの布,また衣服について,商品実物や保存的に継承されている手工業,現役稼動している機械,それらが実際に製造・使用された都市の地理環境などから,そこで実現されている技術を読み解き,その技術が求められ,実現した背景を考察するという取り組みを進めている。デジタル・ヒストリーと併せて,従来使えないものとされてきた史資料をいかに活用するかの実例ともしていきたい。
以上の課題のため,具体的には,帳簿などの商人文書,商業年鑑,古地図の他,実物,現存技術,都市のフィールド・ワークなどを主な題材として分析を進めている。